2010年11月23日

国立科学博物館に零式艦上戦闘機

ご存じの方もいると思いますが、東京上野にある国立科学博物館の地球館地上2階には、零式艦上戦闘機二一型(零戦、ゼロ戦)が展示されております。しかも、ただの零式艦上戦闘機二一型ではなく、複座に改造された機体です。

国立科学博物館の説明は以下の通り。
零式艦上戦闘機二一型改造複座機
展示されている零戦は、1944(昭和19)年、前線基地において破損した2機のうちの1機で、21型を偵察用2座席に改造したものである。
ラバウル海軍第253航空隊に所属し、機体番号53-12、操縦士官吉沢徳重(徳三説あり)上飛曹で、1945(昭和20)年に墜落した。
1972(昭和47)年、ラバウル北西約110kmの海中で発見、引き上げられたものを、1974(昭和49)年に日本大学教授石松新太郎(当時)が購入し、当館に寄贈したものである。
展示では、エンジンが見えるように、エンジンカバーを外してある。
意外に身近なところに零式艦上戦闘機があってびっくりです。興味のある方は是非一度足を運ばれてはいかがでしょうか?

独立行政法人国立科学博物館
National Museum of Nature and Science,Tokyo

http://www.kahaku.go.jp/

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2009年11月14日

ハワイ沖で帝国海軍潜水艦2隻発見!

終戦直後に米軍に接収され、沈められた帝国海軍の潜水艦2隻がハワイ沖で発見されたそうです。発見された潜水艦は、伊号第14潜水艦(伊14)と、伊号第201潜水艦(伊201)の2隻とのことです。

時事ドットコム 2009/11/13 17:47
旧日本軍の潜水艦2隻発見=米、ソ連警戒し接収後沈める−ハワイ沖
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2009111300821
 【ワシントン時事】米海洋大気局(NOAA)とハワイ大学は12日、終戦直後に米軍に接収され、沈められた旧日本軍の伊号潜水艦2隻をハワイ・オアフ島沖の海底で発見したと発表した。
 NOAAとハワイ大の調査チームによると、潜水艇を使い、今年2月に深さ約914メートルの海底で2隻を発見。船体に記された番号などから旧日本軍の潜水艦と確認した。
 1隻は飛行機2機を搭載した伊14型、もう1隻は大戦末期に高速性を重視して建造された伊201型潜水艦。米軍は戦後、接収して性能を調べたが、旧ソ連からも調査要求があった。当時評価が高かった日本の潜水艦の情報を渡さないため1946年に沈めたという。
ところで、帝国海軍の潜水艦には、今回発見された伊号第14潜水艦(伊14)、伊号第201潜水艦(伊201)のように「伊号」と呼ばれる潜水艦と、「呂号」と呼ばれる潜水艦、「波号」と呼ばれる潜水艦の3種類があり、以下のような規則で命名されています。

ネイヴァルランド公国 潜水艦の命名基準
http://navalland.seesaa.net/article/13264186.html
伊号潜水艦:排水量1,000トン以上の大型潜水艦(一等潜水艦)
呂号潜水艦:排水量500トン以上1,000トン未満の中型潜水艦(二等潜水艦)
波号潜水艦:排水量500トン未満の小型潜水艦(三等潜水艦)
ですので、今回発見された伊号第14潜水艦(伊14)と、伊号第201潜水艦(伊201)は、排水量1,000トン以上の大型潜水艦(一等潜水艦)であることが分かります。

なお、航空機を搭載した帝国海軍の潜水艦は太平洋戦争中、搭載した航空機で世界初のアメリカ本土爆撃を成功させており、アメリカ国民を恐怖に陥れました。そして、潜水艦に搭載した航空機で敵地を攻撃するというアイデアは、後にミサイル原子力潜水艦へと発展して行きました。

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2009年10月23日

零戦マニアが海外で銃弾を収集して日本に持ち込み逮捕!

零戦(零式艦上戦闘機)のマニアが、ミクロネシア沖の海底で零戦の銃弾などを拾い集めて日本に持ち込み、逮捕されました。

Yahoo!ニュース −読売新聞− 10月22日22時17分
零戦マニア、ミクロネシア沖で銃弾収集し郵送
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091022-00001070-yom-soci
 ミクロネシア沖の海底から旧日本軍の戦闘機「零戦」の銃弾などを収集し、無許可で日本国内に持ち込んだとして、警視庁は22日、東京都足立区の同区職員の男(41)と埼玉県八潮市の会社員の男(40)ら3人を火薬類取締法違反(火薬類の輸入、所持)の疑いで東京地検に書類送検した。

 発表によると、3人は今年2月19日、海底で拾い集めた銃弾(長さ約8〜18センチ)のうち8発を、火薬類輸入の許可を受けずに、ミクロネシア連邦の郵便局から、会社員の男の自宅に郵送したほか、それぞれの自宅に銃弾計10発を所持していた疑い。

 同庁幹部によると、3人は小学校からの幼なじみの零戦マニア。今年2月15日から9日間、零戦や艦船が沈んでいることで知られる同連邦チューク州の海域でダイビングし、水深約30メートルの海底に沈んでいた零戦などから、銃弾約120発と操縦席の計器類などを拾い集めたという。

 3人はこうして集めた銃弾などを段ボール箱に詰め、「コンピューター部品」と偽って国際郵便で会社員の男の自宅に郵送したが、成田空港の東京税関職員が発見し、通報した。同庁が約120発のうち一部を鑑定した結果、8発が破裂するおそれがあることが分かった。

 3人のうち足立区職員の男は3回、会社員の男も2回、これまでに同海域を訪れ、銃弾などを持ち帰っており、自宅で飾っていたという。3人はいずれも容疑を認めており、「零戦が好きでつい持ち帰ってしまった」と供述しているという。
いくら零戦(零式艦上戦闘機)が好きでも、法律を犯してはいけませんね。また、太平洋戦争中の沈没船や墜落機は一種の墓標。零戦マニアならば、静かに英霊を眠らせてあげる配慮も必要だと思います。

posted by 公爵 at 01:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 航空機 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月15日

終戦の日(交戦国一覧付)

本日8月15日は「終戦の日」です。64年前の1945年(昭和20年)8月15日、ポツダム宣言を受諾した旨を国民に伝える昭和天皇の「玉音放送」がラジオで放送され、日中戦争(日華事変/支那事変)、太平洋戦争(大東亜戦争)、第二次世界大戦が終結しました。正確な終戦・講和までの流れは以下の通りです。
1945年(昭和20年)8月14日:ポツダムの宣言受諾、終戦の詔勅発布
1945年(昭和20年)8月15日:終戦を告げる昭和天皇の玉音放送
1945年(昭和20年)9月2日:ポツダム宣言受諾の降伏文書調印
1951年(昭和26年)9月8日:サンフランシスコ講和条約締結
1952年(昭和27年)4月28日:サンフランシスコ講和条約発効
戦闘」終了は1945年(昭和20年)8月15日前後、「戦争」終了は国際法上、サンフランシスコ講和条約が発効した1952年(昭和27年)4月28日になるそうです(一応それまでは戦争状態)。

この戦争で亡くなった全ての方々のご冥福をお祈り致します。

日中戦争(日華事変/支那事変)、太平洋戦争(大東亜戦争)、第二次世界大戦において大日本帝国に宣戦布告をした国は以下の通りです。
・1941年(昭和16年)
 アメリカ(12月8日)
 イギリス(12月8日)
 オーストラリア(12月8日)
 ニュージーランド(12月8日)
 カナダ(12月8日)
 南アフリカ連邦(12月8日)
 コロンビア(12月8日)
 エル・サルバドル(12月8日)
 コスタリカ(12月8日)
 ドミニカ(12月8日)
 ニカラグア(12月8日)
 ハイチ(12月8日)
 グァテマラ(12月8日)
 ホンジュラス(12月8日)
 パナマ(12月9日)
 オランダ(12月10日)
 キューバ(12月10日)
 ベルギー(12月20日)

・1942年(昭和17年)
 メキシコ(5月22日)

・1943年(昭和18年)
 イラク(1月17日)
 ノルウェー(7月11日)
 ボリビア(12月4日)

・1944年(昭和19年)
 リベリア(1月27日)
 フィンランド(9月22日)
 ルーマニア(10月31日)
 ブルガリア(11月7日)

・1945年(昭和20年)
 エクアドル(2月9日)
 ペルー(2月12日)
 パラグアイ(2月13日)
 ベネズエラ(2月14日)
 ウルグアイ(2月22日)
 トルコ(2月23日)
 エジプト(2月26日)
 シリア(2月26日)
 レバノン(2月27日)
 イラン(2月28日)
 サウジアラビア(3月1日)
 アルゼンチン(3月27日)
 スペイン(4月12日)
 チリ(4月12日)
 デンマーク(5月23日)
 ブラジル(6月6日)
 ギリシャ(6月26日)
 ソビエト連邦(8月9日)
 モンゴル(8月9日)

・政権未承認交戦国
 中華民国(重慶政権)
 フランス(ド・ゴール政権)
 ユーゴスラビア
 ポーランド
 エチオピア
 チェコスロバキア
 イタリア(バドリオ政権)
合計52ヶ国

なお、大日本帝国は中華人民共和国、朝鮮民主主義人民共和国、大韓民国とは戦争をしておりませんので、勘違いしないようにご注意下さい。
中華人民共和国:1949年(昭和24年)建国
朝鮮民主主義人民共和国:1948年(昭和23年)建国
大韓民国:1948年(昭和23年)建国
<公爵の独り言>
これだけの国と戦争をしたんですね。中華民国(政権未承認交戦国)、アメリカ、イギリス、フランス(政権未承認交戦国)、オランダ、オーストラリア、カナダを相手に4年近く・・・。戦争末期にはソビエト連邦まで参戦してほぼ世界中が敵国・・・。ドイツ、イタリアという同盟国があったとは言え、まさにクレイジーですね。それにしても、負ける戦争はしたくないものです。

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2009年06月05日

映画「真夏のオリオン」

来週土曜日(6月13日)に、映画「真夏のオリオン」が公開されます。「真夏のオリオン」は、太平洋戦争末期、互いに姿の見えないまま激闘を繰り広げる大日本帝国海軍潜水艦イ-77とアメリカ合衆国海軍駆逐艦パーシバルの乗組員たちの姿を描いた映画です。
<原作>
雷撃深度一九・五(著:池上司)
真夏のオリオン(監修:福井晴敏、著:飯田健三郎)

<主なスタッフ>
監督:篠原哲雄
脚色:福井晴敏
脚本:長谷川康夫、飯田健三郎
音楽:岩代太郎
撮影:山本英夫
照明:小野晃
美術:金田克美
装飾:尾関龍生
録音:橋本文雄
編集:阿部亙英
特撮監督:松本肇
NYユニット監督:岡田俊二

<主なキャスト>
倉本孝行:玉木宏
イ-77潜水艦艦長(海軍少佐)

有沢義彦:堂珍嘉邦
イ-81潜水艦艦長(海軍少佐)

有沢志津子/倉本いずみ:北川景子(二役)
有沢義彦の妹/倉本孝行の孫

坪田誠:平岡祐太
イ-77潜水艦軍医長(軍医中尉)

桑田伸作:吉田栄作
イ-77潜水艦機関長(特務機関大尉)

田村俊雄:益岡徹
イ-77潜水艦水雷長(特務大尉)

中津弘:吹越満
イ-77潜水艦航海長(大尉)

遠山肇:黄川田将也
イ-77潜水艦回天搭乗員

鈴木勝海:太賀
イ-77潜水艦水雷員

秋山吾朗:鈴木拓
イ-77潜水艦烹炊長
ところで、この映画に登場する大日本帝国海軍の潜水艦の名前は「イ-77」とか「イ-81」のように「」+「番号」になっております。初めて見る方は何だかダサイ名前だと思うかも知れませんが、これは、大日本帝国海軍の潜水艦の命名基準が以下のようになっているためです。

ネイヴァルランド公国 潜水艦の命名基準
http://navalland.seesaa.net/article/13264186.html
伊号潜水艦(一等潜水艦)
排水量1,000トン以上の大型潜水艦
正式名称:伊号第○○潜水艦
略称:伊○○潜水艦、イ○○潜水艦

呂号潜水艦(二等潜水艦)
排水量500トン以上1,000トン未満の中型潜水艦
正式名称:呂号第○○潜水艦
略式名称:呂○○潜水艦、ロ○○潜水艦

波号潜水艦(三等潜水艦)
排水量500トン未満の小型潜水艦
正式名称:波号第○○潜水艦
略式名称:波○○潜水艦、ハ○○潜水艦
久しぶりに太平洋戦争を扱った邦画なので公開が楽しみです。

映画「真夏のオリオン」公式Webサイト
http://www.manatsu-orion.com/
【追記:回天について】
この映画に「回天」というものが出てきますが、「回天」とは先端に魚雷の弾頭を装着した小型潜水艇のことです。別名「人間魚雷」と言われております。この人間魚雷「回天」は、母艦となる大型潜水艦で敵艦の停泊地近くまでを運ばれ、大型潜水艦から切り離された後は、人間がこの人間魚雷「回天」を操縦して、敵艦に体当たりするのです。この人間魚雷「回天」の威力は強力で、一基で戦艦すら撃沈することが可能と言われておりました。この人間魚雷「回天」は1944年11月8日に菊水隊として、初出撃して以降1945年8月まで28隊(潜水艦32隻、回天148基 途中帰投含む)の出撃が行われました。

沢山の人々から「帽振れ」で見送られ、華々しく出撃した航空特攻とは違い、人間魚雷「回天」による特攻は潜水艦搭乗員しか見送りのいない地味な特攻でした。それ故、そのような特攻があったこと自体知らない日本人も多いのではないかと思います。是非この機会に人間魚雷「回天」の存在とそれに搭乗した若者達の気持ちを知って欲しいと思います。

2006年9月に公開された映画「出口のない海」はこの人間魚雷「回天」を扱った映画です。これも併せてご覧になることをお勧め致します。

ネイヴァルランド公国 映画「出口のない海」
http://navalland.seesaa.net/article/22339178.html

映画「出口のない海」公式応援Webサイト
http://deguchi.navitown.com/
(映画「出口のない海」公式Webサイトは既に消滅しておりました)

米海軍の公式情報によると、人間魚雷「回天」による被害艦艇はなかったとされておりますが、実際には多くの命中目撃証言があります。また、日本の降伏後、米軍が真っ先に命令したのが、人間魚雷「回天」搭載潜水艦の現在位置の確認と作戦中止だったと言われております。

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2008年10月13日

晩餐会の席順

戦前、大日本帝国海軍のある軍艦上で晩餐会が開かれました。その席順をみると、妙なことがあります。上座から階級が高い順に着席しているのですが、大佐よりも階級の低い大尉が、大佐よりも上座に着席しているのです。

●通常の席順(序列)
 [元帥][大将][中将][少将][大佐][中佐][少佐][大尉][中尉][少尉]

●この晩餐会での席順(序列)
 [元帥][大将][中将][少将][大尉][大佐][中佐][少佐][中尉][少尉]

軍隊においては階級が絶対です。上官を差し置いて上座に着席することはとんでもないことです。普通なら鉄拳制裁モノです。しかし、大尉も、他の士官も平然としています。一体どういうことなのでしょう?

種明かしをしますと、実はこの大尉、華族出身で男爵の爵位を持っているのです。そして、晩餐会においては軍の階級ではなく宮中席次に従って着席することになっています。そのため、大尉は男爵(宮中席次第36)として大佐(宮中席次第40)よりも上座に着席することができるのです。

以下に華族と武官の宮中席次を簡単に纏めてました。

<華族の宮中席次>
公爵:第一階 第16
侯爵:第二階 第22
伯爵:第三階 第28
子爵:第三階 第31
男爵:第三階 第36

<武官の宮中席次>
元帥:第一階 第5(親任官)
大将:第一階 第10(親任官)
中将:第二階 第19(勅任官:高等官一等)
少将:第三階 第24(勅任官:高等官二等)
大佐:第四階 第40(奏任官:高等官三等)
中佐:第五階 第46(奏任官:高等官四等)
少佐:第六階 第51(奏任官:高等官五等)
大尉:第七階 第55(奏任官:高等官六等)
中尉:第八階 第58(奏任官:高等官七等)
少尉:第九階 第62(奏任官:高等官八等)

これを見ると、華族はデフォルトで大佐以上の宮中席次を保有していることがわかります。こう書くと、華族の特権という見方も出来ますが、ちょっと考え方を変えると、平民でも頑張れば、一代限りではあるけれど華族より上位の宮中席次を保有することが出来ることがわかります。宮中席次・・・実に面白いシステムだと思います。宮中席次については以下のサイトに詳しく記述しておりますので良かったらご覧下さい。

サウスアイランド公国 宮中席次
http://www.h3.dion.ne.jp/~duke/imperial/imperial1.html

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2008年08月15日

終戦記念日(交戦国一覧付)

本日8月15日は「終戦記念日」です。63年前の1945年(昭和20年)8月15日、ポツダム宣言を受諾した旨を国民に伝える昭和天皇の「玉音放送」がラジオで放送され、日中戦争(日華事変/支那事変)、太平洋戦争(大東亜戦争)、第二次世界大戦が終結しました。正確な終戦・講和までの流れは以下の通りです。

1945年(昭和20年)8月14日:ポツダムの宣言受諾、終戦の詔勅発布
1945年(昭和20年)8月15日:終戦を告げる昭和天皇の玉音放送
1945年(昭和20年)9月2日:ポツダム宣言受諾の降伏文書調印
1951年(昭和26年)9月8日:サンフランシスコ講和条約締結
1952年(昭和27年)4月28日:サンフランシスコ講和条約発効

戦闘」終了は1945年(昭和20年)8月15日前後、「戦争」終了は国際法上、サンフランシスコ講和条約が発効した1952年(昭和27年)4月28日になるそうです(一応それまでは戦争状態)。

この戦争で亡くなった方々のご冥福をお祈り致します。

なお、日中戦争(日華事変/支那事変)、太平洋戦争(大東亜戦争)、第二次世界大戦において日本に宣戦布告をした国は以下の通りです。

・1941年(昭和16年)
 アメリカ(12月8日)
 イギリス(12月8日)
 オーストラリア(12月8日)
 ニュージーランド(12月8日)
 カナダ(12月8日)
 南アフリカ連邦(12月8日)
 コロンビア(12月8日)
 エル・サルバドル(12月8日)
 コスタリカ(12月8日)
 ドミニカ(12月8日)
 ニカラグア(12月8日)
 ハイチ(12月8日)
 グァテマラ(12月8日)
 ホンジュラス(12月8日)
 パナマ(12月9日)
 オランダ(12月10日)
 キューバ(12月10日)
 ベルギー(12月20日)

・1942年(昭和17年)
 メキシコ(5月22日)

・1943年(昭和18年)
 イラク(1月17日)
 ノルウェー(7月11日)
 ボリビア(12月4日)

・1944年(昭和19年)
 リベリア(1月27日)
 フィンランド(9月22日)
 ルーマニア(10月31日)
 ブルガリア(11月7日)

・1945年(昭和20年)
 エクアドル(2月9日)
 ペルー(2月12日)
 パラグアイ(2月13日)
 ベネズエラ(2月14日)
 ウルグアイ(2月22日)
 トルコ(2月23日)
 エジプト(2月26日)
 シリア(2月26日)
 レバノン(2月27日)
 イラン(2月28日)
 サウジアラビア(3月1日)
 アルゼンチン(3月27日)
 スペイン(4月12日)
 チリ(4月12日)
 デンマーク(5月23日)
 ブラジル(6月6日)
 ギリシャ(6月26日)
 ソビエト連邦(8月9日)
 モンゴル(8月9日)

・政権未承認交戦国
 中華民国(重慶政権)
 フランス(ド・ゴール政権)
 ユーゴスラビア
 ポーランド
 エチオピア
 チェコスロバキア
 イタリア(バドリオ政権)

合計52ヶ国

※中華人民共和国、朝鮮民主主義順民共和国、大韓民国とは一切戦争をしておりませんので、勘違いしないようにご注意下さい。

<公爵の独り言>
これだけの国と戦争をしたんですね。中華民国、アメリカ、イギリス、フランス、オランダ、オーストラリア、カナダを相手に4年近く・・・。ドイツ、イタリアという同盟国があったとは言え、まさにクレイジーですね。

ただ、どうでもいいような国(失礼!)が日本に宣戦布告しているのが気になります。特に1945年になってから日本に宣戦布告するのはなんだかなぁ(怒)。まぁ、連合国に与しなければその後生き残っていけないという判断もあったのでしょうけど・・・。負ける戦争はしたくないものですね。

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2008年08月03日

現存する戦艦「三笠」

日露戦争で活躍した本物の「戦艦」が横須賀にあります。

日露戦争の日本海海戦において、ロシア帝国のバルチック艦隊を撃破した大日本帝国海軍連合艦隊。連合艦隊司令長官東郷平八郎中将が座乗していた連合艦隊旗艦戦艦「三笠」が、現在は記念艦「三笠」として保存、公開されています。

記念艦「三笠」公式ホームページ
http://www.kinenkan-mikasa.or.jp/

夏休みに訪れてみてはいかがでしょうか?

<公爵の独り言>
私も2回、観に行ったことがあります。

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歴代海軍大臣一覧

大日本帝国海軍の歴代海軍大臣一覧です。

【初代】
氏名階級:西郷従道中将(陸軍)
在職期間:1885年(明治18年)12月22日〜1886年(明治19年)7月10日

【第2代】
氏名階級:大山巌中将(陸軍)
在職期間:1886年(明治19年)7月10日〜1887年(明治20年)7月1日

【第3代】
氏名階級:西郷従道中将(陸軍)
在職期間:1887年(明治20年)7月1日〜1890年(明治23年)5月17日

【第4代】
氏名階級:樺山資紀中将
在職期間:1890年(明治23年)5月17日〜1892年(明治25年)8月8日

【第5代】
氏名階級:仁礼景範中将
在職期間:1892年(明治25年)8月8日〜1893年(明治26年)3月11日

【第6代】
氏名階級:西郷従道中将(陸軍)
在職期間:1893年(明治26年)3月11日〜1898年(明治31年)11月8日

【第7代】
氏名階級:山本権兵衛中将(海兵2期)
在職期間:1898年(明治31年)11月8日〜1906年(明治39年)1月7日

【第8代】
氏名階級:斎藤実中将(海兵6期)
在職期間:1906年(明治39年)1月7日〜1914年(大正3年)4月16日

【第9代】
氏名階級:八代六郎中将(海兵8期)
在職期間:1914年(大正3年)4月16日〜1915年(大正4年)8月10日

【第10代】
氏名階級:加藤友三郎中将(海兵7期・海大1期)
在職期間:1915年(大正4年)8月10日〜1923年(大正12年)5月15日

【第11代】
氏名階級:財部彪大将(海兵15期)
在職期間:1923年(大正12年)5月15日〜1924年(大正13年)1月7日

【第12代】
氏名階級:村上格一大将(海兵11期)
在職期間:1924年(大正13年)1月7日〜1924年(大正13年)6月11日

【第13代】
氏名階級:財部彪大将(海兵15期)
在職期間:1924年(大正13年)6月11日〜1927年(昭和2年)4月20日

【第14代】
氏名階級:岡田啓介大将(海兵15期・海大2期)
在職期間:1927年(昭和2年)4月20日〜1929年(昭和4年)7月2日

【第15代】
氏名階級:財部彪大将(海兵15期)
在職期間:1929年(昭和4年)7月2日〜1930年(昭和5年)10月3日

【第16代】
氏名階級:安保清種大将(海兵18期)
在職期間:1930年(昭和5年)10月3日〜1931年(昭和6年)12月13日

【第17代】
氏名階級:大角岑生大将(海兵24期・海大5期)
在職期間:1931年(昭和6年)12月13日〜1932年(昭和7年)5月26日

【第18代】
氏名階級:岡田啓介大将(海兵15期・海大2期)
在職期間:1932年(昭和7年)5月26日〜1933年(昭和8年)1月9日

【第19代】
氏名階級:大角岑生大将(海兵24期・海大5期)
在職期間:1933年(昭和8年)1月9日〜1936年(昭和11年)3月9日

【第20代】
氏名階級:永野修身大将(海兵28期・海大8期)
在職期間:1936年(昭和11年)3月9日〜1937年(昭和12年)2月2日

【第21代】
氏名階級:米内光政大将(海兵25期・海大12期)
在職期間:1937年(昭和12年)2月2日〜1939年(昭和14年)8月30日

【第22代】
氏名階級:吉田善吾中将(海兵32期・海大13期)
在職期間:1939年(昭和14年)8月30日〜1940年(昭和15年)9月5日

【第23代】
氏名階級:及川古志郎大将(海兵31期・海大13期)
在職期間:1940年(昭和15年)9月5日〜1941年(昭和16年)10月18日

【第24代】
氏名階級:嶋田繁太郎大将(海兵32期・海大13期)
在職期間:1941年(昭和16年)10月18日〜1944年(昭和19年)7月17日

【第25代】
氏名階級:野村直邦大将(海兵35期・海大18期)
在職期間:1944年(昭和19年)7月17日〜1944年(昭和19年)7月22日

【第26代】
氏名階級:米内光政大将(海兵25期・海大12期)
在職期間:1944年(昭和19年)7月22日〜1945年(昭和20年)12月1日

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2008年08月02日

歴代連合艦隊司令長官一覧

大日本帝国海軍の歴代連合艦隊司令長官一覧です。

【初代】
氏名階級:伊東祐亨中将
在職期間:1894年(明治27年)7月19日〜1895年(明治28年)5月11日

【第2代】
氏名階級:有地品之允中将
在職期間:1895年(明治28年)5月11日〜1895年(明治28年)11月16日

【第3代】
氏名階級:東郷平八郎中将
在職期間:1903年(明治36年)12月28日〜1905年(明治38年)6月14日

【第4代】
氏名階級:東郷平八郎大将
在職期間:1905年(明治38年)6月14日〜1905年(明治38年)12月20日

【第5代】
氏名階級:伊集院五郎中将(海兵5期)
在職期間:1908年(明治41年)10月8日〜1908年(明治41年)11月20日

【第6代】
氏名階級:吉松茂太郎中将(海兵7期)
在職期間:1915年(大正4年)11月1日〜1915年(大正4年)12月13日

【第7代】
氏名階級:吉松茂太郎中将(海兵7期)
在職期間:1916年(大正5年)9月1日〜1916年(大正5年)10月14日

【第8代】
氏名階級:吉松茂太郎大将(海兵7期)
在職期間:1917年(大正6年)10月1日〜1917年(大正6年)10月22日

【第9代】
氏名階級:山下源太郎大将(海兵10期)
在職期間:1918年(大正7年)9月1日〜1918年(大正7年)10月15日

【第10代】
氏名階級:山下源太郎大将(海兵10期)
在職期間:1919年(大正8年)6月1日〜1919年(大正8年)10月28日

【第11代】
氏名階級:山屋他人大将(海兵12期・海大2期)
在職期間:1920年(大正9年)5月1日〜1920年(大正9年)8月24日)

【第12代】
氏名階級:栃内曽次郎大将(海兵13期)
在職期間:1920年(大正9年)8月24日〜1920年(大正9年)10月31日

【第13代】
氏名階級:栃内曽次郎大将(海兵13期)
在職期間:1921年(大正10年)5月1日〜1921年(大正10年)10月31日

【第14代】
氏名階級:竹下勇中将(海兵15期・海大1期)
在職期間:1922年(大正11年)12月1日〜1924年(大正13年)1月27日

【第15代】
氏名階級:鈴木貫太郎大将(海兵14期・海大1期)
在職期間:1924年(大正13年)1月27日〜1924年(大正13年)12月1日

【第16代】
氏名階級:岡田啓介大将(海兵15期・海大2期)
在職期間:1924年(大正13年)12月1日〜1926年(大正15年)12月10日

【第17代】
氏名階級:加藤寛治中将(海兵18期)
在職期間:1926年(大正15年)12月10日〜1928年(昭和3年)12月10日

【第18代】
氏名階級:谷口尚真大将(海兵19期・海大3期)
在職期間:1928年(昭和3年)12月10日〜1929年(昭和4年)11月11日

【第19代】
氏名階級:山本英輔中将(海兵24期・海大5期)
在職期間:1929年(昭和4年)11月11日〜1931年(昭和6年)12月1日

【第20代】
氏名階級:小林躋造中将(海兵26期・海大6期)
在職期間:1931年(昭和6年)12月1日〜1933年(昭和8年)11月15日

【第21代】
氏名階級:末次信正中将(海兵27期・海大7期)
在職期間:1933年(昭和8年)11月15日〜1934年(昭和9年)11月15日

【第22代】
氏名階級:高橋三吉中将(海兵29期・海大10期)
在職期間:1934年(昭和9年)11月15日〜1936年(昭和11年)12月1日

【第23代】
氏名階級:米内光政中将(海兵25期・海大12期)
在職期間:1936年(昭和11年)12月1日〜1937年(昭和12年)2月2日

【第24代】
氏名階級:永野修身大将(海兵28期・海大8期)
在職期間:1937年(昭和12年)2月2日〜1937年(昭和12年)12月1日

【第25代】
氏名階級:吉田善吾中将(海兵32期・海大13期)
在職期間:1937年(昭和12年)12月1日〜1939年(昭和14年)8月30日

【第26代】
氏名階級:山本五十六中将(海兵32期・海大14期)
在職期間:1939年(昭和14年)8月30日〜1941年(昭和16年)8月11日

【第27代】
氏名階級:山本五十六大将(海兵32期・海大14期)
在職期間:1941年(昭和16年)8月11日〜1943年(昭和18年)4月18日

【第28代】
氏名階級:古賀峯一大将(海兵34期・海大15期)
在職期間:1943年(昭和18年)4月21日〜1944年(昭和19年)3月31日

【第29代】
氏名階級:豊田副武大将(海兵33期・海大15期)
在職期間:1944年(昭和19年)5月3日〜1945年(昭和20年)5月1日

【第30代】
氏名階級:豊田副武大将(海兵33期・海大15期)
在職期間:1945年(昭和20年)5月1日〜1945年(昭和20年)5月29日

【第31代】
氏名階級:小沢治三郎中将(海兵37期・海大19期)
在職期間:1945年(昭和20年)5月29日〜1945年(昭和20年)10月10日

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