2005年12月21日

少将旗

少将旗とは、艦隊、戦隊の旗艦において、指揮権を持つ海軍少将が司令長官、司令官、司令として座乗している時に掲揚される旗である。以下のようなデザインをしている。

shosho.jpg

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中将旗

中将旗とは、艦隊、戦隊の旗艦において、指揮権を持つ海軍中将が司令長官、司令官、司令として座乗している時に掲揚される旗である。以下のようなデザインをしている。

chujo.jpg

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大将旗

大将旗とは、艦隊、戦隊の旗艦において、指揮権を持つ海軍大将が司令長官、司令官、司令として座乗している時に掲揚される旗である。以下のようなデザインをしている。

taisho.jpg

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映画「日本海大海戦」

今日は浅草の映画館で「日本海大海戦」を観てきました。

日本海大海戦

<主なスタッフ>
 製作:田中 友幸
 監督:丸山 誠治
 特技監督:円谷 英二

<主なキャスト>
 三船 敏郎
 加山 雄三
 仲代 達矢
 黒沢 年男
 松本 幸四郎

この映画、以前も同じ映画館で鑑賞しました。結構好きな映画です。特撮を使った海戦モノで、最近の戦争映画のように変に反戦メッセージが入っていない、程よくエンターテイメントとして楽しめる映画です。それでいて、明治の元勲たちの苦悩も読み取ることができます。

また、日本海海戦前、沖縄県宮古島の漁師がバルチック艦隊を発見したものの宮古島に無線がないため、無線のある石垣島へ必死に船をこいで行くシーンがあったり、日本海海戦後、島根県の漁師が浜に流れ着いたロシア兵の死体を葬るシーンがあったりと、結構庶民の頑張りも描いている所が好感持てます。

この映画で不満があるとすれば、海軍の名参謀秋山真之と陸軍の名参謀児玉源太郎が登場しないことくらいですね。あとは概ね満足です。かなりお勧めの映画です。でも、カップルで観るには適していないかも知れません(笑)。

<公爵の独り言>
それにしても、浅草の映画館は酷い。スクリーンは大きくて良いのですが、観客のマナーが最悪。ゴミは散らかす。煙草は吸う。床に痰を吐く。咳や呻き声が聞こえる。携帯電話の呼び出し音が鳴る。困った物です。

posted by 公爵 at 20:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画・ドラマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月18日

映画「男たちの大和/YAMATO」

12月17日(土)に全国東映系映画館で公開された「男たちの大和/YAMATO」。さっそく12月17日に観て来ました。なかなかよく出来た映画だと思います。あまり詳しく書くとネタバレになるので、ちょっとだけ気になったことを書いておきます。

私が一番この映画で感心したところは、主役の一人である反町隆史(森脇庄八二等兵曹)を「主計科烹炊班員(飯炊き要員)」として描いたことです。どうしても戦争映画では、通常の戦闘を行う「兵科」に注目が集まりがちです。しかも実際、戦時中は「主計看護が兵隊ならば蝶々トンボも鳥のうち」と言われ、料理、備品管理、給与計算を担当する「主計科」と保健、衛生を担当する「看護科」は、兵科要員から馬鹿にされていたと言われています。その裏方とも言うべき主計科烹炊班員を主役として登場させたことはなかなか意義があると思います。

また、この映画の中心的人物である反町隆史(森脇庄八二等兵曹)、中村獅堂(内田守二等兵曹)、山田純太(唐木正雄二等兵曹)らは全員「下士官」であることも見逃せません。日本の軍隊はこの下士官が優秀であったため、精強であったと言われております。この映画では、下士官が現場のリーダーシップを取って、時には厳しく、時には思いやりを持って部下の育成をしている姿が描けていたのではないかと思います。

なかなかいい映画だと思います。皆さんも是非、映画館でご覧になって下さい。

posted by 公爵 at 10:53| Comment(0) | TrackBack(12) | 映画・ドラマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月16日

提督の決断

大日本帝国海軍首脳の気分を手軽に味わうことができるゲームがあります。

光栄「提督の決断」シリーズ
 ・提督の決断
 ・提督の決断U
 ・提督の決断V
 ・提督の決断W

プレイヤーは、「提督の決断」では連合艦隊司令長官、「提督の決断U」以降では海軍軍令部総長としてプレイすることになります。ゲームのシナリオには、ある作戦を成功させることを目的とする「ショート・シナリオ」と、戦争全般に勝利することを目的とする「キャンペーン・シナリオ」があります。

明日、12月17日(土)から全国東映系映画館にて「男たちの大和/YAMATO」がロードショーされますが、「提督の決断」シリーズにおいて戦艦大和最後の出撃は

 ・大和特攻(提督の決断、提督の決断V)
 ・本土防衛作戦(提督の決断U)
 ・坊の岬沖海戦(提督の決断W)

というショート・シナリオで提供されています。難易度はかなり高く、私も1、2回しかクリアしたことがありません。興味のある方は是非プレイしてみて下さい。この作戦を成功させることの難しさを身をもって体験できるでしょう。

<公爵の独り言>
私は学生時代、このゲームにはまって、成績が下がりました・・・orz。

posted by 公爵 at 18:33| Comment(4) | TrackBack(1) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

大和ホテル

太平洋戦争開戦後に就役した大日本帝国海軍の最新鋭戦艦「大和」。大和は連合艦隊旗艦としての通信設備や居住設備、そして冷暖房設備が完備されておりました。

しかし戦艦大和は、このように各種設備が整っているにもかかわらず、最前線での戦闘に参加することはありませんでした。そのため戦艦大和は連合艦隊司令部のための宿泊所的役割に甘んじることとなり、帝国海軍将兵から「大和ホテル」と揶揄されました。

大和ホテル」は、戦前、南満州鉄道(満鉄)が満州国の沿線各地に展開した高級ホテルで、大連、旅順、奉天、長春、瀋陽などにありました。帝国海軍将兵が戦艦大和を「大和ホテル」と揶揄したのは、これを引っかけてのことです。瀋陽にあった大和ホテルは現在でも残っていて、現在は龍門大廈(LONGMEN HOTEL)として経営されています。

なお、戦艦大和の姉妹艦である戦艦武蔵も同じような状態で、帝国海軍将兵から「武蔵旅館」と呼ばれていたそうです。

posted by 公爵 at 16:20| Comment(0) | TrackBack(7) | 艦船 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

映画「男たちの大和/YAMATO」公開

今年、平成17年(2005年)は、太平洋戦争終戦から60周年の年です。その節目の年に、東映が大日本帝国海軍の巨大戦艦「大和」を舞台にした映画を製作しました。

男たちの大和/YAMATO
http://www.yamato-movie.jp/

<主なスタッフ>
 原作:辺見 じゅん
 監督:佐藤 純彌
 音楽:久石 譲
 主題歌:長渕 剛

<主なキャスト>
 反町 隆史
 中村 獅堂
 仲代 達矢
 鈴木 京香
 渡 哲也
 長嶋 一茂

男たちの大和/YAMATO」は明日、12月17日(土)から全国の東映系映画館で公開です。

posted by 公爵 at 00:57| Comment(2) | TrackBack(11) | 映画・ドラマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月08日

太平洋戦争開戦!

本日、12月8日は太平洋戦争開戦日です。

1941年(昭和16年)12月8日、航空母艦6隻を主力とする日本海軍機動部隊(司令長官:南雲忠一中将)がアメリカ太平洋艦隊の根拠地であるハワイオアフ島の真珠湾を航空攻撃しました。

真珠湾攻撃の主な戦果は以下の通りでした。

<日本側の損失>
●航空部隊(出撃数:第一次攻撃隊:183機、第二次攻撃隊:167機)
 ・未帰還機:29機
 ・損傷:74機
 ・戦死:55名

●特殊潜行艇 甲標的(出撃数:5隻)
 ・未帰還:5隻
 ・戦死:9名
 ・捕虜:1名(酒巻和男少尉)

<アメリカ側の損失>
●戦艦
 ・ネヴァダ:大破後、自力航行して浅瀬に擱座。
  →1942年4月22日サルベージ。1942年12月戦列復帰。
 ・オクラホマ:転覆、沈没。
  →1943年3月サルベージ。1944年9月廃艦、1944年11月除籍。
 ・ペンシルバニア:大破、着底。
  →1941年12月20日サルベージ。1942年3月戦列復帰。
 ・アリゾナ:沈没。
  →サルベージ中止。引き上げ可能な装備を引き上げの後、除籍。
 ・テネシー:中破。
  →1941年12月20日サルベージ。1942年2月戦列復帰。
 ・カリフォルニア:沈没。
  →1942年3月サルベージ。1944年5月戦列復帰。
 ・メリーランド:中破
  →1941年12月21日サルベージ。1942年2月戦列復帰。
 ・ウエストバージニア:沈没。
  →1942年5月12日サルベージ。1944年7月戦列復帰。

●軽巡洋艦
 ・ラーレイ:大破、着底。
  →1942年7月戦列復帰。
 ・ホノルル:中破。
  →修理後戦列復帰。
 ・ヘレナ:大破。
  →修理後戦列復帰。

●駆逐艦
 ・カッシン:転覆、炎上。
  →1944年2月戦列復帰。
 ・ダウンズ:炎上、火薬庫誘爆。
  →1943年11月戦列復帰。
 ・ショウ:大破、艦首喪失。
  →1942年6月戦列復帰。

●機雷敷設艦
 ・オグララ:転覆、沈没。

●標的艦
 ・ユタ:沈没。

この頃、アメリカの同盟国イギリスはドイツと戦争中で、かなり追いつめられていました。しかしアメリカは、ヨーロッパの戦争には介入しないという主義(モンロー主義)と、戦争を嫌う国内世論のためにドイツに宣戦布告ができませんでした。しかしこの真珠湾攻撃によって日本と戦争状態となったため、国内世論も「リメンバー・パールハーバー」を合い言葉に一気に戦争に傾き、日本の同盟国ドイツに宣戦布告することができるようになりました。そのため、日本をABCD包囲網で締め上げ、日本に宣戦布告させたのはアメリカとイギリスの謀略ではないかと言われております。

また、アメリカは真珠湾攻撃自体の情報も事前に察知していたとの話もあります。日本に先に攻撃させて、大義名分を得てから攻撃するために、あえてハワイ真珠湾の海軍司令部には何も知らせなかったと言われておりますが、真相は未だ謎です。年々秘密文書が公開されていますので、その内真相が分かるのではないかと思われます。

<公爵の独り言>
アメリカは撃沈された艦船をほとんどサルベージして戦列に復帰させています。アメリカの工業力は凄いですね。歴史に「IF」は禁物ですが、第三次攻撃隊を編成して、石油備蓄基地と海軍工廠も破壊しておけば、その後の戦争が有利に展開できたのではないかと思います・・・。

posted by 公爵 at 17:26| Comment(0) | TrackBack(2) | 作戦 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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