2006年06月26日

山本五十六語録(3)

元帥海軍大将山本五十六の有名な言葉を紹介します。
それは是非やれと言われれば、初めの半年や一年は、ずいぶん暴れてご覧に入れます。しかし二年、三年となっては、全く確信は持てません。三国同盟が出来たのは致し方ないが、かくなった上は、日米戦争の回避に極力ご努力を願いたいと思います。
総理大臣近衛文麿公爵から日米開戦後の見通しを聞かれた時、山本五十六はこのように答えたと言われております。

山本五十六は米国駐在経験があり、米国の国力を熟知していました。その米国通であった山本五十六が、帝国海軍実戦部隊のトップである連合艦隊司令長官として対米戦争の陣頭指揮を執らなければならなくなったのは実に皮肉なことです。

そして1941年(昭和16年)12月8日、帝国海軍機動部隊がハワイ真珠湾を奇襲攻撃して太平洋戦争開戦。緒戦は日本の勝利が続き、日本は勝利に浮かれました。しかし山本五十六の言葉通り、開戦からわずか半年後の1942年(昭和17年)6月5日、ミッドウェー海戦で帝国海軍機動部隊の主力空母4隻を一挙に失う大敗北を喫し、以降、日本は敗戦への道を歩んでいきます。

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2006年06月18日

シーマンシップ

シーマンシップ(Seamanship:船乗りとしての技能&船乗りとしての資質・心がけ)を伝える言葉として、大日本帝国海軍から現在の海上自衛隊まで受け継がれている言葉があります。

スマートで、目先が利いて、几帳面、負けじ魂、これぞ船乗り!

実にシンプルで良い言葉です。しかもこの言葉の良いところは、船乗りだけではなく、私達の日常生活にも当て嵌めて活用できるところです。

●スマートで・・・
 論理的で簡潔、迅速な言動をする。

●目先が利いて・・・
 これから起こる事態を予測して行動する。

●几帳面・・・
 手抜きをすることなく真面目に物事に取り組む。

●負けじ魂・・・
 何事もあきらめずに最後まで頑張る。

常にこういう行動が出来るようになりたいものです。

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2006年06月17日

船を待たすな船を待て!

あまり帝国海軍と関係ないかも知れませんが、ある港の倉庫で、

船を待たすな船を待て!

という標語を見たことがあります。私がそれを見たのはまだ小学生の時だったのですが、大変感銘を受けた記憶があります。この標語、海運業界の標語だと思うのですが、なんとなく帝国海軍のスピリットを感じます。もしかすると、帝国海軍の影響があるのかも知れません。

また、この標語はこう応用することもできると思います。

人を待たすな人を待て!

こういう行動を心掛けたいものです。

posted by 公爵 at 17:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 標語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

左警戒右見張れ!

帝国海軍には「左警戒右見張れ!」と言う標語があります。これは一方だけを注目することなく、全体を見よと言うことです。

どういうことかと言いますと、例えば艦の左舷方向に敵艦を発見した場合、全員がそこに注目してしまうと、右舷から接近した敵艦に気付かず、対応が遅れて撃沈される可能性があります。また、艦の上空に敵航空機が飛来し、対空見張りおよび対空戦闘にのみ注力してしまうと、海上の見張りがおろそかになり、忍び寄った敵潜水艦の餌食にされる可能性があります。

一方に注目が集まる時こそ、全体に注意を払えと言うことです。

手品などでも、あからさまにある部分に注目を集めておいて、別の部分で仕込みをします。また、政治の世界でも、ある問題に注目を集めておいて、その裏で国民に重大な影響のある法案を可決していたりします。この記事を書いている2006年6月17日も、サッカーワールドカップ2006ドイツ大会に注目が集まる一方、北朝鮮による弾道ミサイル「テポドン2」の発射兆候ありというニュースが流れております。

一方が注目されている時こそ、逆の方向も確認する。一方に偏ることなく、全体を俯瞰する。帝国海軍の偉大な先人が遺してくれた言葉を大切にしたいと思います。

posted by 公爵 at 16:44| Comment(0) | TrackBack(3) | 標語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月11日

ブログ名変更のお知らせ

突然ですが、本ブログの名称を以下の通り変更致します。

●旧ブログ名
 サウスアイランド連合公国ネイヴァルランド城
 英語名:The Navalland Castle in The United Duchy of Southisland

●新ブログ名
 ネイヴァルランド公国
 英語名:The Duchy of Navalland

これからも宜しくお願い致します。

2006年6月11日 公爵

− GOD SAVE THE DUKE −
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2006年06月01日

工作艦明石

太平洋戦争中、アメリカ海軍から「指名手配」された帝国海軍艦艇があります。それが工作艦明石(あかし)です。工作艦明石は艦内に広大な修理スペースや最新工作機械を持った、艦船の修理・整備を専門に行う艦船でした。

通常、艦船において修理・整備が必要な場合、艦船は工廠(修理・整備施設)のある港湾に帰港しなければなりません。しかも工廠の大半は日本周辺にしかないので、修理や整備が必要になると艦船は前線を離れなければなりませんでした。しかしこれは前線における戦力の低下に繋がります。

しかし工作艦明石が最前線の港湾に進出していると艦船の軽度の破損の修理や日常の整備は最前線の港湾でできるので、艦船の稼働率が向上し、戦力の維持を図ることが出来ます。実際、工作艦明石は太平洋戦争中は南方に進出。ソロモン諸島方面での激戦で損傷した艦船の修理や整備でその威力を発揮しました。

そのため、工作艦明石はアメリカ海軍から最重要目標としてマークされるようになり、1944年(昭和19年)2月17日〜18日にアメリカ海軍機動部隊(第38任務部隊)によるトラック空襲で損傷。その後、パラオに移動するも、1944年(昭和19年)3月30日のアメリカ海軍機動部隊(第58任務部隊)によるパラオ空襲で撃沈されてしまいました。

なお工作艦明石は連合艦隊の平時年間修理量35万工数の約40%(!)を担当する能力を持っていたそうです。これは相当な能力です。しかし太平洋戦争中、帝国海軍が保有していた工作艦は明石ただ1隻。太平洋戦争中に同型艦2隻(三原、桃取)の建造が計画されていたそうですが、戦局の悪化から建造されなかったそうです。もし明石級工作艦2番艦、3番艦をもっと早く建造していたら、戦局は少し変わっていたかも知れません。

posted by 公爵 at 20:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 艦船 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

帝国海軍の航空母艦

大日本帝国海軍が保有していた航空母艦の一覧です。
就役した艦のみリストアップしております。

<正規空母>
・鳳翔(ほうしょう)
・赤城(あかぎ):巡洋戦艦赤城→空母赤城
・加賀(かが):戦艦加賀→空母加賀
・龍驤(りゅうじょう)
・蒼龍(そうりゅう)
・飛龍(ひりゅう)
・翔鶴(しょうかく)
・瑞鶴(ずいかく)
・大鳳(たいほう)
・信濃(しなの):戦艦信濃→空母信濃
・雲龍(うんりゅう)
・天城(あまぎ)
・葛城(かつらぎ)

<改造空母>
・祥鳳(しょうほう):潜水母艦剣埼→空母祥鳳
・瑞鳳(ずいほう):給油艦高崎→潜水母艦高崎→空母瑞鳳
・千歳(ちとせ):水上機母艦千歳→特殊潜航艇母艦千歳→空母千歳
・千代田(ちよだ):水上機母艦千代田→空母千代田
・龍鳳(りゅうほう):潜水母艦大鯨→空母龍鳳
・神鷹(しんよう):ドイツ商船シャルンホルスト→空母神鷹
・海鷹(かいよう):客船あるぜんちな丸→空母海鷹
・大鷹(たいよう):客船春日丸→特設空母春日丸→空母大鷹
・雲鷹(うんよう):客船八幡丸→空母雲鷹
・沖鷹(ちゅうよう):客船新田丸→空母沖鷹
・飛鷹(ひよう):客船出雲丸→空母飛鷹
・隼鷹(じゅんよう):客船橿原丸→空母隼鷹

こうしてみると、大日本帝国海軍は相当な数の航空母艦を保有していたことがわかります。ただ、上記の航空母艦全てが同時期に就役していた訳ではありませんが・・・。

<公爵の独り言>
学生時代、よく1/700スケールの艦船模型を作っていました。戦艦、航空母艦、重巡洋艦、駆逐艦、潜水艦など合計30隻近く保有していました。しかし残念ながら今は1隻も残っていません。

posted by 公爵 at 11:35| Comment(0) | TrackBack(1) | 艦船 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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