2006年08月18日

大日本帝国海軍艦艇画像公開中!

現在、我が「ネイヴァルランド公国」と同君連合を組んでいる画像掲示板サイト「フォトランド公国」にて、大日本帝国海軍艦艇の画像を多数公開しております。

フォトランド公国
http://i-bbs.sijex.net/imageBoard.jsp?id=duke

現在は大和級戦艦の画像を公開しておりますが、他の艦艇の画像も公開する予定です。ところで、画像をご覧になる皆様にお願いがあります。公開している画像は私がインターネット上で手に入れたものなので、正確な艦名や、何時、何処で、どのような状況で撮影されたのか不明なものがほとんどです。画像をご覧になった方で、画像の詳細情報をご存じの方がいらっしゃいましたら、是非コメントを頂けると嬉しく思います。

あと、公開している画像は先程書いたように私がインターネット上で手に入れたものなので、著作権に抵触している可能性が御座います。もし問題がありましたら、画像掲示板の記事またはこのこの記事へコメントして下さるか、メールでお知らせ下さい。また、匿名でメールを送りたい場合は、以下のURLをクリックするとメール送信CGIが起動し、メールソフト無しで匿名メールを送信することが出来ます。

サウスアイランド公国 直訴メール送信
http://www.h3.dion.ne.jp/~duke/mail.html

以上、宜しくお願い致します。
posted by 公爵 at 04:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 公国統治情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月15日

人間魚雷「回天」

昨日、人間魚雷「回天」を扱った映画「出口のない海」を紹介しましたが、以下のサイトにて人間魚雷「回天」のフラッシュを見ることが出来ます。よかったらご覧下さい。ハンカチを用意した方が良いかも知れません。

回天特別攻撃隊
http://tokyo.cool.ne.jp/kaiten_website/kaiten.swf

posted by 公爵 at 00:02| Comment(0) | TrackBack(1) | 艦船 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月14日

映画「出口のない海」

太平洋戦争末期、大日本帝国海軍は通常の攻撃方法では連合国軍にまともな反撃が出来ない状態となりました。そこで始められたのが、連合国艦船への体当たり攻撃、俗に言う「特攻」です。

特攻と言うと、爆弾を装備した零戦(爆装零戦)による体当たり攻撃など、航空機による体当たり攻撃がすぐに思い浮かぶと思いますが、特攻にも様々な種類がありました。なかでも連合国軍に最も恐れられた特攻のひとつが、人間魚雷「回天」による特攻です。

人間魚雷「回天」とは、先端に魚雷の弾頭を装着した小型潜水艇のことです。この小型潜水艇は、母艦となる大型潜水艦で敵艦の停泊地近くまでを運ばれ、大型潜水艦から切り離された後は、人間がこの小型潜水艇を操縦して、敵艦に体当たりするのです。この小型潜水艇「回天」の威力は強力で、一基で戦艦すら撃沈することが可能と言われておりました。この人間魚雷「回天」は1944年11月8日に菊水隊として、初出撃して以降1945年8月まで28隊(潜水艦32隻、回天148基 途中帰投含む)の出撃が行われました。

この人間魚雷「回天」とそれを取り巻く人々を描いた映画が、松竹映画系で9月16日土曜日からロードショーされます。

出口のない海
http://www.deguchi-movie.jp/

<主なキャスト>
・市川海老蔵
・伊勢谷友介
・上野樹里
・塩谷瞬
・柏原収史
・伊崎充則
・黒田勇樹
・平山広行
・尾高杏奈
・永島敏行
・田中実
・高橋和也
・平泉成
・香川照之
・古手川祐子
・三浦友和

沢山の人々から「帽振れ」で見送られ、華々しく出撃した航空特攻とは違い、回天による特攻は潜水艦搭乗員しか見送りのいない地味な特攻でした。それ故、そのような特攻があったこと自体知らない日本人も多いのではないかと思います。是非この映画を観て、「回天」の存在とそれを操縦した若者達の気持ちを知って欲しいと思います。

なお、米海軍の公式情報によると、人間魚雷「回天」による被害艦艇はなかったとされておりますが、実際には多くの命中目撃証言があります。また、日本の降伏後、米軍が真っ先に命令したのが、回天搭載潜水艦の現在位置の確認と作戦中止だったと言われております。

posted by 公爵 at 18:52| Comment(0) | TrackBack(2) | 映画・ドラマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月13日

今も日本人を護る英霊達

インターネット上の掲示板サイト「2ちゃんねる」。ここに時々投稿される帝国海軍関係のエピソードを紹介します(改行等は読みやすくするために多少手を加えております)。
2−3年前の今頃の読売新聞・朝刊の国際面の片隅に掲載された怪事件。

南シナ海で海賊船団に襲撃されていた大型貨物船の船員がみた怪奇談。全速推進蛇行運転で逃げ切ろうとする貨物船。自動小銃や機銃を発砲しながら追いすがる海賊船団。そこにいきなりフッと現れた、太平洋戦争時から抜け出してきたような日本帝国海軍旗をつけた、駆逐艦(?)。予期せぬ重武装軍艦の出現に海賊船団は恐慌を来たして逃げ去った。貨物船が危機を脱したのを見届けた日本帝国海軍(?)幽霊駆逐艦(?)は現れたときと同じように忽然と姿を消したそうだ。
太平洋戦争中、米英を中心とする連合国軍は日本の補給路を断つために日本の輸送船を襲撃しました。これに対し、日本は制空権を失っていたために輸送船の護衛が出来ず、多くの輸送船と護衛の艦艇(駆逐艦や海防艦)が日本に辿り着くことなく撃沈されました。今回紹介した一件、英霊達がかつて出来なかった船舶護衛を今でもやっているように思えてなりません・・・。

posted by 公爵 at 01:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 2chコピペ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月10日

麦飯

大日本帝国海軍における食事は基本的に麦飯でした。麦にはビタミンB1が多く含まれております。ビタミンB1が不足すると、「脚気」という病気になります。脚気は、ビタミンB1欠乏によって発生する病気で、最悪死に至ります。大日本帝国海軍ではこの脚気を予防するために麦飯を導入したのですが、それまでには様々な試行錯誤がありました。

明治時代、草創期の大日本帝国海軍の食事は白米で、肉食もあまり多くありませんでした。そのため、約3割もの兵卒が脚気に掛かっていると言う状態でした。しかし当時は、脚気がビタミンB1の欠乏による病気と言うこともまだ知られておりませんでした。英国留学経験を持つ海軍軍医高木兼寛は、大英帝国海軍においては脚気患者は皆無であることから、食事に注目し、「脚気は炭水化物をとりすぎ、たんぱく質が不足することから起こる」という仮説を立てました(脚気の原因はビタミンB1の不足なので、この説は今では正しくありませんが・・・)。

そしてその頃、大きな事件が起こります。明治16年、南米に練習航海に出た軍艦「龍驤(りゅうじょう)」の乗組員376名のうち169名が重症脚気患者となり、そのうち25名が死亡したのです。しかし、練習航海公開の帰途、ハワイのホノルル港で肉や野菜を調達して与えたところ、脚気患者は全員回復したとのこと。この高木兼寛の説を裏づけるような事件をきっかけに、高木兼寛は明治天皇に兵食の改善を奏上する機会を得ました。

そして明治17年2月、軍艦「筑波」が練習航海に出航。この練習航海においては、前回の反省を踏まえて高木兼寛の理想とする食材を満載し、前回の練習航海と同じ航路を辿らせました。その結果、この練習航海において脚気患者はゼロとなり、高木兼寛の説は証明されました。しかしこの航海で主食としたパンが兵卒に不人気だったことから、このパンの原料である麦と米を半分ずつ混ぜた麦飯を導入。その結果、兵卒にも広く受け入れられ、1年後には海軍から脚気が根絶したそうです。

一方、明治時代の大日本帝国陸軍では白米が主流でした。そのため、脚気による死者を多数出しました。しかしイギリス留学経験のある海軍軍医高木兼寛の「脚気栄養説」は、「脚気伝染病説」を主張するドイツ留学経験のある陸軍軍医総監森林太郎(森鴎外)に批判され、陸軍では麦飯は採用されず、白米の食事が続きました。そのため陸軍では日清戦争において3,944名の脚気死者を出し(戦死・戦傷死者は1,270名)、10年後の日露戦争では27,800余名の脚気死者を出しました(戦死・戦勝病死者84,200名)。一方、麦飯を導入していた海軍は脚気死者はゼロでした。そのため、大日本帝国陸軍も後に食事を麦飯にしております。

<公爵の独り言>
昭和天皇も日常的に麦飯をお召しになっていたそうです。

posted by 公爵 at 07:41| Comment(0) | TrackBack(2) | 組織 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月05日

礼砲

礼砲は外交儀礼の一つで、外国からの賓客を迎えた時に敬意を表して撃ちます。礼砲を何発撃つかは賓客(受礼者)のランクによって異なります。賓客(受礼者)と礼砲の数は以下のように定められています。

●元首(家族):21発
●特命全権大使:19発
●陸海空軍大将:17発
●特命全権公使、陸海空軍中将:15発
●臨時代理大使、陸海空軍少将:13発
●臨時代理公使、総領事、陸海空軍准将:11発
●領事:7発

なお、礼砲は当然「空砲」です(笑)。

<公爵の独り言>
不思議なことに全部奇数ですね。

posted by 公爵 at 07:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 組織 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

DVD大人買い!

今日はDVDを多数買い込んでしまいました。購入したタイトルは以下の通り。

連合艦隊
トラトラトラ!
ローレライ
男たちの大和

<公爵の独り言>
全部帝国海軍関連ですね。徐々にライブラリを増やしていこうと思います。

posted by 公爵 at 05:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画・ドラマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

真珠湾攻撃の予行練習

1941年(昭和16年)12月8日に大日本帝国海軍の機動部隊がハワイ真珠湾を攻撃しました。しかし、いかに練度の高い航空隊とは言え、いきなりぶっつけ本番で真珠湾攻撃をした訳ではありません。日本国内においてちゃんと予行練習を行ってから実施しました。

予行練習は日本国内の真珠湾と地形の似た海で行われました。その場所は鹿児島の「錦江湾」。「錦江湾」は真珠湾と似た地形だったので、ここで航空隊は低空侵入等の訓練を行ったそうです。

posted by 公爵 at 04:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 作戦 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。