2006年08月10日

麦飯

大日本帝国海軍における食事は基本的に麦飯でした。麦にはビタミンB1が多く含まれております。ビタミンB1が不足すると、「脚気」という病気になります。脚気は、ビタミンB1欠乏によって発生する病気で、最悪死に至ります。大日本帝国海軍ではこの脚気を予防するために麦飯を導入したのですが、それまでには様々な試行錯誤がありました。

明治時代、草創期の大日本帝国海軍の食事は白米で、肉食もあまり多くありませんでした。そのため、約3割もの兵卒が脚気に掛かっていると言う状態でした。しかし当時は、脚気がビタミンB1の欠乏による病気と言うこともまだ知られておりませんでした。英国留学経験を持つ海軍軍医高木兼寛は、大英帝国海軍においては脚気患者は皆無であることから、食事に注目し、「脚気は炭水化物をとりすぎ、たんぱく質が不足することから起こる」という仮説を立てました(脚気の原因はビタミンB1の不足なので、この説は今では正しくありませんが・・・)。

そしてその頃、大きな事件が起こります。明治16年、南米に練習航海に出た軍艦「龍驤(りゅうじょう)」の乗組員376名のうち169名が重症脚気患者となり、そのうち25名が死亡したのです。しかし、練習航海公開の帰途、ハワイのホノルル港で肉や野菜を調達して与えたところ、脚気患者は全員回復したとのこと。この高木兼寛の説を裏づけるような事件をきっかけに、高木兼寛は明治天皇に兵食の改善を奏上する機会を得ました。

そして明治17年2月、軍艦「筑波」が練習航海に出航。この練習航海においては、前回の反省を踏まえて高木兼寛の理想とする食材を満載し、前回の練習航海と同じ航路を辿らせました。その結果、この練習航海において脚気患者はゼロとなり、高木兼寛の説は証明されました。しかしこの航海で主食としたパンが兵卒に不人気だったことから、このパンの原料である麦と米を半分ずつ混ぜた麦飯を導入。その結果、兵卒にも広く受け入れられ、1年後には海軍から脚気が根絶したそうです。

一方、明治時代の大日本帝国陸軍では白米が主流でした。そのため、脚気による死者を多数出しました。しかしイギリス留学経験のある海軍軍医高木兼寛の「脚気栄養説」は、「脚気伝染病説」を主張するドイツ留学経験のある陸軍軍医総監森林太郎(森鴎外)に批判され、陸軍では麦飯は採用されず、白米の食事が続きました。そのため陸軍では日清戦争において3,944名の脚気死者を出し(戦死・戦傷死者は1,270名)、10年後の日露戦争では27,800余名の脚気死者を出しました(戦死・戦勝病死者84,200名)。一方、麦飯を導入していた海軍は脚気死者はゼロでした。そのため、大日本帝国陸軍も後に食事を麦飯にしております。

<公爵の独り言>
昭和天皇も日常的に麦飯をお召しになっていたそうです。

posted by 公爵 at 07:41| Comment(0) | TrackBack(2) | 組織 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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麦飯
Excerpt: 最近、私は「麦飯」を食べています。配合の割合は、 2合炊きの場合 米1.5合:麦0.5合(麦25パーセント) 3合炊きの場合 米2.0合:麦1.0合(麦33パーセント) と言った感じです。実は以前..
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Tracked: 2006-08-10 07:44

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Excerpt: 最近、私は「麦飯」を食べています。配合の割合は、 2合炊きの場合 米1.5合:麦0.5合(麦25パーセント) 3合炊きの場合 米2.0合:麦1.0合(麦33パーセント) と言った感じです..
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