2008年08月02日

歴代軍令部総長一覧

大日本帝国海軍の歴代軍令部総長一覧です。

【初代】
氏名階級:仁礼景範少将
在職期間:1886年(明治19年)3月16日〜1889年(明治22年)3月7日

【第2代】
氏名階級:伊藤雋吉少将
在職期間:1889年(明治22年)3月8日〜1889年(明治22年)5月16日

【第3代】
氏名階級:有地品之允少将
在職期間:1889年(明治22年)5月17日〜1891年(明治24年)6月16日

【第4代】
氏名階級:井上良馨少将
在職期間:1891年(明治24年)6月17日〜1892年(明治25年)12月11日

【第5代】
氏名階級:中牟田倉之助中将
在職期間:1892年(明治25年)12月12日〜1894年(明治27年)7月16日

【第6代】
氏名階級:樺山資紀中将
在職期間:1894年(明治27年)7月17日〜1895年(明治28年)5月10日

【第7代】
氏名階級:伊東祐亨中将
在職期間:1895年(明治28年)5月11日〜1905年(明治38年)12月18日

【第8代】
氏名階級:東郷平八郎大将
在職期間:1905年(明治38年)12月19日〜1909年(明治42年)11月30日

【第9代】
氏名階級:伊集院五郎中将(海兵5期)
在職期間:1909年12月1日(明治42年)〜1914年(大正3年)4月21日

【第10代】
氏名階級:島村速雄中将(海兵7期)
在職期間:1914年(大正3年)4月22日〜1920年(大正9年)9月30日

【第11代】
氏名階級:山下源太郎大将(海兵10期)
在職期間:1920年(大正9年)10月1日〜1925年(大正14年)4月14日

【第12代】
氏名階級:鈴木貫太郎大将(海兵14期・海大1期)
在職期間:1925年(大正14年)4月15日〜1929年(昭和4年)1月21日

【第13代】
氏名階級:加藤寛治大将(海兵18期)
在職期間:1929年(昭和4年)1月22日〜1930年(昭和5年)6月10日

【第14代】
氏名階級:谷口尚真大将(海兵19期・海大3期)
在職期間:1930年(昭和5年)6月11日〜1932年(昭和7年)2月1日

【第15代】
氏名階級:伏見宮博恭王大将(皇族・海兵16期)
在職期間:1932年(昭和7年)2月2日〜1941年(昭和16年)4月8日

【第16代】
氏名階級:永野修身大将(海兵28期・海大8期)
在職期間:1941年(昭和16年)4月9日〜1944年(昭和19年)2月20日

【第17代】
氏名階級:嶋田繁太郎大将(海兵32期・海大13期)
在職期間:1944年(昭和19年)2月21日〜1944年(昭和19年)8月1日

【第18代】
氏名階級:及川古志郎大将(海兵31期・海大13期)
在職期間:1944年(昭和19年)8月2日〜1945年(昭和20年)5月28日

【第19代】
氏名階級:豊田副武大将(海兵33期・海大15期)
在職期間:1945年(昭和20年)5月29日〜1945年(昭和20年)10月15日

posted by 公爵 at 23:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 組織 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月19日

映画「パール・ハーバー」

映画「パール・ハーバー 」(原題:Pearl Harbor)は、2001年に公開されたアメリカ映画です。帝国海軍が1941年(昭和16年)12月8日に行った真珠湾攻撃を題材にした映画です。

真珠湾攻撃だけでなく、バトル・オブ・ブリテン、ドーリットル攻撃隊による東京初空襲など第二次世界大戦の重要なイベントも描かれています。そして、戦闘シーンについて言えばそれなりに迫力ある映像になっていると思います。しかし、日本側の描写についてかなり考証の甘さが感じられるので、私が奇妙に思ったシーンをちょっと紹介したいと思います。

<真珠湾攻撃前の帝国陸海軍の対米対策会議シーン>
・屋外の戦国時代の本陣のような場所で陸海軍合同の作戦会議を開催。
・その本陣(?)には旭日旗(軍艦旗)が縦に掲揚。
・そしてその本陣の周辺には「尊皇」、「皇國」、「勇我」(?)、「男戦」(?)の垂れ幕。
・しかもその本陣(?)そのすぐ近くで子供達が凧揚げ。

<真珠湾攻撃前の帝国海軍の作戦会議シーン1>
・屋外の池で作戦会議。
・池に大きな戦艦の模型を浮かべて半裸の兵士がそれを竿で動かして模擬演習。
・その池の畔には鳥居の様なものがあり、鳥居の下に旭日旗(軍艦旗)が縦に掲揚。
・旭日旗(軍艦旗)の下には「軍極秘」の看板。
・机の上には徳利(銚子)と杯。
・屋外の壁に「七生報國」の習字が掲示。
・屋外に酸素魚雷を並べて深度調整機構について説明。

<真珠湾攻撃前の帝国海軍の作戦会議シーン2>
・山本五十六の左手の指が5本。

<真珠湾攻撃のシーン>
・空母艦内の兵員居住区で蝋燭を使用。
・飛行兵の持っている写真のキャプションが「ナゾリア艦戦」ではなく「戦艦アリゾナ」。
・日本機が逃げまどう民間人を機銃掃射。
・日本機が病院を爆撃、機銃掃射。
・日本機が艦を沈められ海面を漂うアメリカ海軍将兵を低空飛行で機銃掃射。
・第一種軍装(紺)の将兵の帽子が第二種艦内帽(白)。

はっきり言って、突っ込みどころが多すぎます(笑)。

そして私が一番納得がいかないのが、帝国海軍による真珠湾攻撃の過剰な演出です。艦艇への攻撃だけでなく、病院を爆撃したり、民間人を機銃掃射したり、海に漂う将兵を機銃掃射したりと、帝国海軍は非人道的な描かれておりますが、帝国海軍の攻撃目標はあくまでもアメリカ海軍の主力艦艇でした。ただ戦闘中の大混乱の中、結果的に民間施設に被害が出たり、機銃の流れ弾による死傷者はいたかも知れませんが、映画のように積極的に狙いすまして攻撃はしていませんでした。そもそも帝国海軍は戦闘艦攻撃偏重主義であり、輸送船を攻撃することを潔しとしない風潮がありました。そのため真珠湾攻撃でも基地の石油タンクすら攻撃目標に入れていませんでした。そんな帝国海軍が、アメリカによる経済制裁で物資が乏しい中、貴重な爆弾や弾薬を目標外の施設や人に用いることはどう考えても不自然なのです。

かつてアメリカは「トラ・トラ・トラ!」、「ミッドウェイ」といった戦争映画の大作を世に送り出してきました。しかしこの「パール・ハーバー」は、日本人の視点から見ると、それらと比べるて見劣りすることは否めません・・・。
<監督>
 マイケル・ベイ
<制作>
 マイケル・ベイ
 ジェリー・ブラッカイマー
<脚本>
 ランダル・ウォレス
<撮影>
 ジョン・シュワルツマン
<SFX>
 ILM
<音楽>
 ハンス・ジマー
<主なキャスト>
 山本五十六:マコ岩松(mako)
 源田実:ケイリー=ヒロユキ・タガワ
 ルーズベルト大統領:ジョン・ヴォイト
 ジミー・ドゥーリトル:アレック・ボールドウィン
 レイフ・マコーレー:ベン・アフレック
 ダニー・ウォーカー:ジョシュ・ハートネット
 イヴリン・ジョンソン:ケイト・ベッキンセイル
 ドリー:キューバ・グッディングJr.
 アール:トム・サイズモア
<公爵の独り言>
トラ・トラ・トラ!」や「ミッドウェイ」と比較するとその酷さが際立ちますね。アメリカ、どうしちゃったんでしょう? 日本側の描写が一昔前のステレオタイプな日本人的でなんだか脱力してしまいます・・・。

posted by 公爵 at 01:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画・ドラマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月18日

映画「ミッドウェイ」

映画「ミッドウェイ 」(原題:MIDWAY)は、1976年に公開されたアメリカ映画です。太平洋戦争中の1942年(昭和17年)6月5日、帝国海軍とアメリカ海軍が激突したミッドウェイ海戦を題材にした映画です。

この映画はアメリカ海軍が撮影に全面協力しており、本物のアメリカ海軍の空母を使って発着艦シーンを撮影したり、戦時中の映像を提供したりしていて、かなり見応えがあります。また、映画「トラ・トラ・トラ!」と同じく、日米両方の視点から描かれており、帝国海軍についても割ときちんと表現されていると思います。なお、一部、映画「トラ・トラ・トラ!」と同じシーンが使われてるようです。

この映画はキャスティングにかなりこだわりがあるそうで、多くの有名俳優が出演しているそうですが、「世界のミフネ」こと「三船敏郎」も連合艦隊司令長官山本五十六として出演しています。しかも、三船敏郎は山本五十六を演じるにあたりかなり事前の調査をしたようで、左手の白手袋の小指の長さを半分にして着用していたそうです(山本五十六は日本海海戦で負傷して左手の指を2本切断しています)。

そしてもうひとつこの映画で評価できることは、自由の国アメリカの歴史の恥部とも言われている「日系人強制収容」についても描いてあることです(当時、ドイツ系アメリカ人、イタリア系アメリカ人は強制収容されなかったのに、日系アメリカ人のみ差別的扱いを受け、強制収容所に収容されました)。アメリカの作る戦争映画ならば、「アメリカ万歳! アメリカ is No.1!」と言わんばかりの映画になりそうですが、このように自国のかつての恥部であっても反省し、それを表現できるところにアメリカの良い意味での「ヤンキー魂」を感じました。

太平洋戦争のターニングポイントとなったミッドウェイ海戦を描いた力作だと思います。私は映画「トラ・トラ・トラ!」と同じくらい気に入っております。お勧めです。是非一度ご覧下さい。

<監督>
 ジャック・スマイト
<制作>
 ウォルター・ミリッシュ
<脚本>
 ドナルド・S・サンフォード
<撮影>
 ハリー・ストラドリング Jr.
<特撮>
 ジャック・マクマスター
<音楽>
 ジョン・ウィリアムス
<主なキャスト>
 山本五十六長官:三船敏郎
 南雲忠一中将:ジェームズ繁田
 草鹿龍之介少将:ノリユキ・パット・モリタ
 渡辺安次中佐:クライド草津
 ニミッツ提督:ヘンリー・フォンダ
 ハルゼー提督:ロバート・ミッチャム
 スプルーアンス海軍少将:グレン・フォード
 マット・ガース大佐:チャールトン・ヘストン
 マドックス大佐:ジェームズ・コバーン
 ロシュフォール:ハル・ホルブルック
<公爵の独り言>
ジェームズ繁田の南雲忠一は実物より格好良すぎる感じがしますね。

posted by 公爵 at 22:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画・ドラマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月17日

映画「トラ・トラ・トラ!」

映画「トラ・トラ・トラ! 」(原題:TORA!TORA!TORA!)は、1970年に公開されたアメリカ映画です。帝国海軍が1941年(昭和16年)12月8日に行った真珠湾攻撃を題材にした映画です。タイトルの「トラ・トラ・トラ! 」は、真珠湾攻撃の時に使われた「我奇襲ニ成功セリ」を意味する帝国海軍の暗号に由来しています。

この映画、アメリカ映画ながら日米両方の視点から描いており、なかなか好感が持てます。キャスティングも割と史実の雰囲気に近い感じで見ていて納得が出来る感じです。また、当時は差別されていた黒人にもスポットライトを当て、白人を艦上ボクシング試合で負かしたり、戦闘で活躍したりし、白人と理解し合う様を描いたりと細かい配慮も垣間見られます。

あと、アメリカ映画だけあってセットにもお金を掛けており、特に映画冒頭に現れる戦艦「長門」の実物大セットは圧巻です。しかし帝国海軍の空母「赤城」の実物大セットまでは手が回らなかったようで、真珠湾攻撃の時の洋上航行シーンはアメリカ海軍の空母「レキシントン」を使って撮影されたそうです。

私がこの映画で気に入っているのは、真珠湾攻撃直前の空母からの発艦シーンです。夜明け前の暗い洋上。出撃前で慌ただしい飛行甲板。整備員から「必勝」の鉢巻を託される淵田隊長。航空機に搭乗員が搭乗、一瞬の静けさの後、飛行甲板に並んだ航空機のエンジンが始動。発艦の合図で飛行甲板を滑走する戦闘機。しかし飛行甲板の終端で機体が下降し一瞬見えなくなり、あわや墜落かとはっとする南雲長官。しかしその直後、姿を見せた戦闘機を見て安堵の表情を浮かべる・・・。その後航空機は続々と発艦し、帝国海軍機動部隊の上空を編隊飛行・・・。雲間から見える旭日(朝日)はまさに旭日旗(軍艦旗)。

まぁ、細かいところはともかく、太平洋戦争を描いた映画としては、かなりの力作、大作だと思います。また、かつての敵国アメリカが日本を単なる悪者ではなく、このような描き方をしたのは評価できると思います。
<監督>
 リチャード・フライシャー
 舛田利雄
 深作欣二
<脚本>
 ラリー・フォレスター
 小国英雄
 菊島隆三
<音楽>
 ジェリー・ゴールドスミス
<主なキャスト>
<日本側>
 山本五十六連合艦隊司令長官:山村聰
 南雲忠一海軍中将:東野英治郎
 三川海軍中将:須賀不二男
 宇垣纏海軍少将(連合艦隊参謀長): 浜田寅彦
 福留繁海軍少将(連合艦隊参謀長⇒軍令部作戦部長)河村弘二
 山口多聞海軍少将:藤田進
 大西瀧治郎海軍少将:安部徹
 原海軍少将:二本柳寛
 長谷川赤城艦長:細川俊夫
 黒島亀人海軍大佐(連合艦隊先任参謀):中村俊一
 源田実海軍少佐:三橋達也
 板谷海軍少佐:稲垣昭三
 淵田美津雄海軍少佐:田村高廣
 松崎海軍大尉:宇南山宏
 村田海軍大尉:室田日出男
 野村吉三郎駐米大使:島田正吾
 近衛文麿首相:千田是也
 東条英機陸軍大将:内田朝雄
 松岡洋右外相:北村和夫
 東郷茂徳外相:野々村潔
 木戸幸一内相:芥川比呂志

<アメリカ側>
 フランク・ノックス海軍長官:レオン・エイムス
 ハロルド・スターク海軍作戦部長:エドワード・アンドリュース
 ハズバンド・キンメル太平洋艦隊司令長官:マーティン・バルサム
 ウィリアム・ハルゼー海軍中将:ジェームズ・ホイットモア
 ジェームズ・リチャードソン提督:ロバート・カーネス
 ブラットン大佐:E・G・マーシャル
 クラーマー少佐:ウェズリー・アディ
 ヘンリー・スチムソン陸軍長官:ジョゼフ・コットン
 ジョージ・マーシャル陸軍参謀長:キース・アンデス
 ウォルター・ショート陸軍中将:ジェイソン・ロバーズ
 コーデル・ハル国務長官:ジョージ・マクレディ
 ジョセフ・グルー駐日米国大使:メレデス・ウェザビー
 駐日米国大使書記官:アンドリュー・ヒューズ
<公爵の独り言>
この映画、淵田美津雄少佐(田村高廣)が良い味出しています。

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2007年01月08日

トイレの扉

帝国海軍将兵が艦船内のトイレに入る時は、トイレの扉を開けたままにすることが多かったそうです。行儀が悪いと思うかもしれませんが、これにはちゃんと理由があります。その理由とは、脱出経路の確保。艦船に魚雷や爆弾が命中すると、船体が歪みます。もしトイレに入っている時に扉を閉めていると、突然の敵襲で船体に魚雷や爆弾が命中した時に船体が歪んで扉が開かなくなり、脱出不能になってしまうのです。皆さんも船のトイレに入る時には注意しましょう(笑)。

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2006年11月22日

三景艦

明治時代、帝国海軍は清国の戦艦「鎮遠」、戦艦「定遠」に対抗するため、戦艦並みの口径の主砲(32センチ砲1門)を搭載した巡洋艦を3隻建造しました。艦名は「松島」、「厳島」、「橋立」。いずれも日本三景である陸奥松島、安芸厳島(宮島)、丹後天橋立から名を取ったことから、これらの艦は「三景艦」と呼ばれました。

この三景艦の凄いところは、巡洋艦に戦艦並の主砲を搭載したことで、三景艦が搭載した32センチ砲(1門)は、清国の戦艦「鎮遠」、戦艦「定遠」の30.5センチ砲(4門)を上回る口径でした。三景艦は日清戦争、日露戦争において活躍しましたが、巡洋艦の小さな船体に巨大な32センチ砲を搭載したため、主砲の発射は出来るものの命中率は非常に悪く、命中弾はなかったそうです。むしろ副砲として搭載した速射砲と、巡洋艦としての快速性が海戦で一番役に立ったそうです。

なお、三景艦の1番艦「松島」の32センチ砲は後部甲板、2番艦「厳島」、3番艦「橋立」の32センチ砲は前部甲板に設置されています。これは、三景艦で艦隊を組んだ場合、32センチ砲の死角がなくなるようにするための工夫と言われております(厳島と橋立を前方に配置し、松島を後方に配置する逆三角形の陣形を取ると、32センチ砲の死角がなくなる)。

<公爵の独り言>
艦船設計はやはりバランスが重要ですね。

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帝国海軍戦艦の厳しさ

帝国海軍において戦艦は全海軍の中心であり、その乗組員は全海軍の模範となることを求められました。そのため、戦艦における規律、訓練の厳しさは他の艦艇の群を抜いていました。それを示す標語をいくつかご紹介します。

・鬼の山城、地獄の金剛、音に聞こえた蛇の長門。

・日向行こうか、伊勢行こか、いっそ海兵団で首吊ろか。

・地獄榛名に鬼金剛、羅刹霧島、夜叉比叡。

・乗るな山城、鬼より怖い。

このように、戦艦は恐ろしいところだと言われても、戦艦勤務を希望する人は多かったようです。やはり有名な艦に乗艦した方が、故郷でも鼻が高かったのかもしれませんね。

上記標語に出てくる山城、金剛、長門、日向、伊勢、榛名、霧島、比叡は全て戦艦の艦名です。大和、武蔵は新しいから仕方がないとして、扶桑、陸奥が出てきませんね・・・。扶桑、陸奥が登場する標語をご存じの方、よかったらお教え下さい。宜しくお願い致します。

posted by 公爵 at 21:27| Comment(4) | TrackBack(0) | 標語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

呉の雪風、佐世保の時雨

帝国海軍には、僚艦が被害を受けながらも自艦はほとんど被害を受けず、ほぼ無傷で生還する幸運な艦艇がありました。特に有名だったのが、駆逐艦「雪風」と駆逐艦「時雨」です。それぞれの母港の名を冠して、

呉の雪風、佐世保の時雨

と呼ばれ、有名だったそうです。ただ、雪風と時雨が幸運艦と呼ばれる反面、雪風と時雨と行動を共にする他の艦艇は被害を受けることが多いので、雪風と時雨は他の艦艇の乗組員からは「死神」と呼ばれ、恐れられたそうです。

<公爵の独り言>
ちょっと怖いジンクスですね。

posted by 公爵 at 21:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 標語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

新郎の祖父は雪風乗組員

インターネット上の掲示板サイト「2ちゃんねる」。ここに時々投稿される帝国海軍関係のエピソードを紹介します(改行等は読みやすくするために多少手を加えております)。
私がホテル勤めをしていた頃の話。ある披露宴、新郎が海自の方でした。同僚上司達は制服で出席。披露宴も御披楽喜に近づき、新郎のおじいさんの挨拶がありました。

一通りの祝いの言葉の後に、 自分が海軍にいた事。孫が艦に乗っている事を誇りに思う事。自分達の世代の不甲斐なさのせいで今の海上勤務の方達には苦労を掛けていると思う事。たとたどしくですが話されました。

同僚達は知らなかったらしく酔っ払っていたのが、段々背筋が伸びていき神妙に聞き入っていました。挨拶が終わり高砂の席の一人が「何に乗っておられたのだ」と尋ねると、新郎は小声で「雪風です」。それを聞いた海自組一同すっ転ぶような勢いで我先に駆け寄り服の切れ端を毟り取りおじいさんは丸裸になってしまいました。
この話は、「新郎の祖父は大和乗組員」の改変ジョークとして「2ちゃんねる」で出回っていたものです。この話はジョークですが、元ネタはちょっと真面目な話です。

新郎の祖父は大和乗組員(元ネタ)
http://navalland.seesaa.net/article/18635881.html

この改変ジョークで登場する「雪風」は帝国海軍の駆逐艦で、主要な海戦に参加しながらいつもほとんど無傷で生還する幸運艦として有名だった艦艇です。戦艦大和の沖縄特攻の際も大和の護衛艦として参加し、大和が撃沈された後、生存者の救出をして本土に帰還しております。雪風は終戦まで生き残り、連合国側から最優秀艦と賞賛されました。そして戦後は中華民国(台湾)海軍に引き渡され、艦名を「丹陽」と改め、昭和41年(1966年)まで中華民国海軍の旗艦として活躍しました。

このように非常に運が強い艦艇だったので、同じ船乗りである海上自衛官が、その御利益に預かりたいと元雪風乗組員のおじいさんの服の切れ端を我先に毟り取ったというジョークです。

なお、雪風はどんな海戦でもほぼ無傷で生き残るので幸運艦と呼ばれていますが、その代わりに、雪風と一緒になった他の艦艇は被害を受けることが多く、雪風を「死神」と恐れる乗組員もいたそうです。戦艦金剛、空母信濃、戦艦大和が沈没した時も、その護衛艦の中に雪風がいたそうです・・・。

posted by 公爵 at 20:47| Comment(1) | TrackBack(1) | 2chコピペ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

新郎の祖父は間宮乗組員

インターネット上の掲示板サイト「2ちゃんねる」。ここに時々投稿される帝国海軍関係のエピソードを紹介します(改行等は読みやすくするために多少手を加えております)。
私がホテル勤めをしていた頃の話。ある披露宴、新郎が海自の方でした。同僚上司達は制服で出席。披露宴も御披楽喜に近づき、新郎のおじいさんの挨拶がありました。

一通りの祝いの言葉の後に、自分が海軍にいた事。孫が艦に乗っている事を誇りに思う事。自分達の世代の不甲斐なさのせいで今の海上勤務の方達には苦労を掛けていると思う事。たとたどしくですが話されました。

同僚達は満腹だったらしくゲップをしていたのが、段々腹が減っていき神妙に聞き入っていました。挨拶が終わり高砂の席の一人が「何に乗っておられたのだ」と尋ねると、新郎は小声で「間宮です」。

それを聞いた海自組一同、すっ転ぶような勢いで駆け寄り羊羹やラムネをねだりました。おじいさんも美味しいアイスクリームやラムネを与えました。

披露宴の料理はその後は誰も手を付けませんでした。ウェイトレスの女の子達は不思議そうな顔をしておりましたが。
この話は、「新郎の祖父は大和乗組員」の改変ジョークとして「2ちゃんねる」で出回っていたものです。この話はジョークですが、元ネタはちょっと真面目な話です。

新郎の祖父は大和乗組員(元ネタ)
http://navalland.seesaa.net/article/18635881.html

なお、この改変ジョークで登場する「間宮」は給糧艦として活躍した艦で、様々な食品をこの艦で作って艦隊に補給していました。特に間宮の羊羹は美味で有名だったそうです。

間宮の羊羹
http://navalland.seesaa.net/article/9832408.html

posted by 公爵 at 20:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 2chコピペ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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